大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所 昭和33年(う)398号 判決

被告人 高橋常雄こと高橋常男

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年に処する。

但し、本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

右猶予の期間中被告人を保護観察に付する。

原審並びに当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(弁護人の)控訴趣意第一及び第二の(一)について

原判決の挙示する証拠によると、原判示事実中冒頭掲記の被告人の経歴、職業の点、被告人が昭和三三年七月二三日午後六時頃から佐々木又蔵方で鱒漁切上の祝酒を飲み、翌二四日午前〇時三〇分頃から八戸市内を遊び歩き、同日午前三時頃同市大字小中野町字新丁一〇四番地の六バー「フジ」の入口前で、右バーの戸に手をかけ開けようとしていた四役理悦と些細のことから口論をし、憤慨の末、やにわに同人の胸倉をつかみ、手拳でその顔面を一回強打し、ひるんでその場にしやがんだ同人の顔面、頭部等を手拳及び革バンドで数回殴打し、更にゴム長靴ばきの足で蹴りつける等の暴行を加え、同人に対し約一〇日間の加療を要する頭部顔面打撲傷及び下口唇挫傷を与えたこと、被告人が右暴行の間に四役からその洋傘一本を取り上げそのままそれを持ち去つたこと、被告人がその二、三日前パチンコ店で自分の洋傘を他の悪い洋傘と取り替えられたことが認められる。而して、原判決の引用する証人四役理悦の原審公廷における供述及び中野友三の検察官に対する供述調書によると、被告人は、四役から「こうもり傘だけはおいて行つてもらいたい」といわれたにかかわらず、それを持ち去り、その後同市内でハイヤーを乗り廻しているうちに、司法警察員中野友三の検問を受け、小中野巡査部長派出所まで同行することを求められた際に、右手に持つていた洋傘を左手に持ち替え、自分のからだの左の方に倒して隠すような素振を示し、同派出所において右司法警察員から洋傘のことについて質問を受けて、「これはおれが家から持つて来たもので、おれのものだ」と答えたこと等を綜合すると、被告人が洋傘を不法に領得する意思をもつて、これを持ち去つたものであることは疑がない。ところで、問題は、被告人が四役から洋傘を強取する意思を有し、その目的を遂げる手段として同人に暴行を加え、同人からこれを強取したものであるかどうかの点である。原判決は、被告人が最初四役の胸倉をつかみ、手拳で同人の顔面を一回殴打してから、同人が洋傘を所持しているのを目撃するに及んで同人からそれを強取しようと決意したとし、その後被告人が四役に加えた暴行をもつて、洋傘を強取するため同人を制圧する手段としての暴行と見て、右暴行によつて同人の反抗を抑圧したうえ同人から洋傘を強取した旨判示した。被告人は、司法警察員及び検察官の各取調において、当時強盗の意思を有していたとは述べておらず、原審ではこの点を明らかに否認している。原判決は、被告人が四役から洋傘を取り上げ、同人に暴行を加え、そのまま洋傘を持ち去つた事実に被告人が二、三日前パチンコ店で自分の洋傘を他の悪い洋傘と取り替えられたという事情を綜合すれば、被告人に強盗の意思のあつたことの認定が可能であると判断したものと認められる。しかし、この判断には疑問がある。被告人は、原審公廷で、四役から洋傘を取り上げたのは、それで同人を殴るためであつたと述べているが、四役証人及び被告人の原審公廷における各供述によれば、被告人は現に四役の頭部等を洋傘で二、三回殴つているのである。のみならず、四役の証言に被告人の司法警察員に対する供述調書及び被告人の検察官に対する供述調書(二通)を綜合すると、四役は当時相当酩酊していて、被告人から最初の一撃を受けてその場にしやがんでしまい、「たたきたいならいくらでもたたけ」といつて無抵抗の意思を表示し、終始殴られどうしでいたのである。すなわち、被告人が四役から洋傘を奪取しようと思えば、その目的を遂げる手段として手拳、革バンド、ゴム長靴ばきの足等で同人に殴る蹴るの暴行を加えないでも容易に奪取することのできる状況にあつたものと認められる。したがつて、被告人が四役から傘を取り上げたのは、被告人の弁解するとおり、それで同人を殴る目的から出たものであつて、それで同人を殴つた行為も、手拳、革バンド、ゴム長靴ばきの足で同人を殴つたり蹴つたりした行為も、洋傘を奪取し或はその奪取を確保する手段たる暴行と見るよりは、最初の一撃と同様口論の末の腹立ちまぎれに加えた暴行と見る方が、むしろ事態に即するものと認められるのである。以上の次第で、被告人が四役に暴行を加えている間に強盗の意思を生じて同人から洋傘を強取したとの点は、証拠上必ずしも明らかではないというべきである。しかし、さきに触れたとおり、被告人が四役に暴行を加えた後そこを立去る際に洋傘を不法に領得する意思を有していたことは疑がない。又、被告人が四役に暴行を加えている間に同人の洋傘を取つてそのままそれを手中に収めてはいたが、被告人がその場を立ち去るまでは、同所にいる四役の洋傘に対する占有は依然存続していたもので、被告人がその場を立ち去るに及んで始めて洋傘は四役の占有を離れて被告人の占有に完全に移つたものと解するのを相当とする。したがつて、四役の洋傘を持ち去つた被告人の所為は、窃盗罪を構成するものといわなければならない。結局被告人の本件所為は、四役に原判示暴行を加えて前記傷害を与えた点において傷害罪を構成し、右のごとく同人の洋傘を持ち去つた点において窃盗罪を構成し、以上の二罪は併合罪をもつて論ぜらるべきものといわなければならない。したがつて、原判決が被告人に対し強盗傷人の結合犯を認定し、刑法二四〇条前段を適用処断したのは、事実を誤認しひいて法令の適用を誤つたもので、以上の誤は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。本件を傷害罪と強盗罪若しくは恐喝罪との併合罪として論ずべきものとする論旨の見解は、強盗罪若しくは恐喝罪の成立を認めるかぎりにおいては理由がないが、その余の点においては理由がある。

よつて、刑訴法三九七条三八二条三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により当裁判所は次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は

第一、昭和三三年七月二四日午前三時頃、青森県八戸市大字小中野町字新丁一〇四番地の六バー「フジ」の入口附近で、酔余四役理悦と些細のことから口論し、腹立まぎれに、同人の胸部をつかみ、手拳で同人の顔面を一回殴打し、同人がひるんでその場にしやがみ、無抵抗の状態にあつたにかかわらず、同人の洋傘、手拳、革バンド、ゴム長靴ばきの足等で同人の顔面、頭部等を数回にわたり或は殴り或は蹴る等の暴行を加え、よつて、同人に対し約一〇日間の加療を要する頭部顔面打撲傷及び下口唇挫傷を与え、

第二、その直後四役所有の洋傘一本を持つたままその場を立ち去つてこれを窃取し  たものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人の判示所為中第一は刑法二〇四条罰金等臨時措置法二条三条に、第二は刑法二三五条に該当するところ、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、前者につき所定刑中懲役刑を選択し、同法四七条本文一〇条により重い後者の罪につき定めた刑に法定の加重をした刑期範囲内で、被告人を懲役一年に処し、諸般の情状にかんがみ同法二五条一項を適用し本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、同法二五条の二、一項前段により右猶予の期間中被告人を保護観察に付し、原審並びに当審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項本文により全部被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判官 門田実 細野幸雄 有路不二男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例